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お元気にしていましたでしょうか

Posted by photn on 30.2012 アセッション   1 comments   0 trackback
皆さまのアセンション成功を確信していますよ。




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アセンションへの道

Posted by photn on 24.2012 アセッション   1 comments   0 trackback
「天動説」つまり、地球が宇宙の中心に静止し、すべての天体がその周りを回るという宇宙観は、約1400年の長きに亘って地球の天文学の大勢を支配しました。それは、この説が、人間中心の宇宙観に合致し、カソリック協会に支持されたという事情だけでなく、「精緻を極めた科学の体系」であったからです。2世紀に活躍したアレキサンドリアの天文学者、プトレマイオス・クラウディオスが著した『アルマゲスト(全13巻)』は、それまでの多数の学者の業績を集大成したもので、月や惑星の見かけ上の不規則な運動についても、「離心円」や「周天円」などの概念の導入によって巧妙に説明し、一見ほとんど付け入る隙のない理論だったのです。

ご存知のように、1543年に出版された、コペルニクスの『天球の回転について(全6巻)』で詳述された「地動説」によって、「天動説」は徐々に力を失いますが、それでも、90年後の1633年の宗教裁判によって、ガリレオは自説(『天文対話』によって指摘した「天動説」の誤謬)の撤回を強要されました。コペルニクスの著書が法王庁によって最終的に解禁されたのは、1822年のことです。この事実は、一度「科学」によって「保証」され「植え付け」られた人間の観念や社会の規範を修正することが、いかに困難であるかを物語っています。

科学が、マクロからミクロまでを、解明し尽くしたともみえる現代では、「天動説」のような巨大な誤謬は、もはや縁がないと思われるかもしれません。ところが実際には、「現代版天動説」が私たちの社会にどっかりと腰を下ろし、人類にとっての重大な桎梏となっています。「天動説」が内包していて、結局はその崩壊を招いた、「無理」で「非科学的」な説明が、今でもまかり通っているのです。

「現代版天動説」の典型は、この近傍宇宙では、進化した知的生命体は地球人類しかいないという認識です。これは、「天動説」と同じように、視覚で普通にとらえる実態に合致しており、人間中心の宇宙観を満足させます。しかし、どこかに無理があると感じませんか。ーーーもっと「自然」で「科学的」な説明は、太陽系と同じようにそれぞれの恒星系に、さまざまな進化レベルの知的生命体が存在し、或るものは地球人よりはるかに進化した知的・科学的レベルにあり、また一部は地球人より低い進化のレベルにある。さらに、進んだ星の住民が(コロンブスが地球でやったように)近傍宇宙の探査に乗り出し、より低い進化レベルの「原住民」を発見する(そして善意を持って見守る)。あるいは、(地球の諸文明が交流したように)進化した星々の交流によって、文明の発展が加速され、やがて(国際連合のような)「宇宙連合」が結成され、宇宙の秩序の維持や啓発に当たる、というものです。

もし、地球の科学が「これまでに」発見した事実に基づく説明は「科学的」で、まだ発見していないものは「非科学的」だとするなら、中世の住民にとって、現代科学のほとんどの成果は「非科学的」ということになります。同様に、地球より数千年、数万年も進んだ星の科学のほとんどには、「非科学的」だというレッテルを貼ることになるでしょう。この姿勢から離れられないとき、進んだ星の知見を教えられることは、「とても困ること」という扱いになるでしょう。

ここに、興味深い事実があります。1999年6月5日から、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、母国ポーランドを訪問し、その第3日に、コペルニクスの生誕地を訪れました。そして、「コペルニクスが行った発見、その歴史と科学における重要性は、道理と信仰との、永遠の相克を想起させる」と話しました。これに対して早速、CNNがインターネット世論調査を試みたのです。「道理と信仰との間に相克があると思いますか?」という設問に対して、(A)「はい、私は道理を採る」35%、(B)「はい、私は信仰を採る」10%、(C)「いいえ、それぞれの役割がある」56%でした。「道理」を、「科学的合理性」と置き換えてもよいでしょう。

この何気ない世論調査の結果は、はからずも、地球の科学の限界と人類の深い混迷を象徴しています。「道理」と「信仰」とは「役割が別だから相克はない」とすれば、「信仰」の名において無数の殺戮が繰り返され、いまだに止まる気配がないのはなぜでしょうか。これこそ、「相克」の最たるものではないでしょうか。ここに、もうひとつの「現代版天動説」がみられます。人類は長い間、地球の「学者」が解明した範囲を「現実認識」の基本とし、「自分の神」あるいは「信仰」を、「信じるしかない」ものとして、科学(道理)の外に置いてきました。「科学者」は、それらを、「アンタッチャブル」なものとして、研究の対象にすらしませんでした。その結果、上記の世論調査に見られるように、「道理」と「信仰」に別の役割を持たせるという、「無理」を重ねることとなったのです。「神」を科学(道理)の外に追いやりながら、何かといえば「神」を援用し、「神頼み」をする。そして「神」の名において殺戮を繰り返すーーー。このような文明が、「観測された宇宙のなかで唯一の進んだ文明」と言えるでしょうか。

「神」についての、もっと「自然」で「科学的」な説明は次の通りです。この宇宙で、すべての「被創造物」の頂点に「創造神」とも呼ぶべき「神」がひとつだけ存在する。そして、それに連なる無数の階層構造の上部に、「神」の僕(しもべ)とも呼ぶべき「神々」が存在し、それぞれの役割を果たしている。時に、「神々」の中から、キリスト、釈迦またはマホメットのような存在が、「高次元の使徒」として星々に派遣されることがある。人類を含むすべての「被創造物」は、「神」の「分け魂」であり、「神」は、すべての「被創造物」の体験を同時に「体験」し、それによって自らも「進化」する。この意味で「人」もまた「神」である。ーーーここでの階層または次元は、「波動のレベル」あるいは「愛のレベル」の違いといってよいでしょう。また、「高次元の使徒」の教えを、後継者たちが歪曲し自己の利益のために利用してきたことや、「自分の神」以外の「神々」を排斥してきたことは、「神々」の責任ではありません。人々が「信仰」の対象を取り違えてきたことも、「神々」の責任ではありません。

以上2件の、「自然」で「科学的」な説明は、宇宙の「高度に進化した存在(Highly Evolved Beings : HEB)」から、地球の協力者たちを介して伝えられている、膨大な「宇宙の実相」の一部です。こう書くと、直ちに聞こえてくるのは、「証拠を示せ」「証拠、証拠、証拠---」という声です。証拠を見たければ、あなたが張り巡らせている、「知ってること以外は断じて信じないぞ」という「心情的バリア(防壁)」を、ちょっとだけ低くすればよいでしょう。いま地球に、それらの情報が、溢れかえっているのが見えてくるでしょう。もちろん、それらの情報を、あなたの感性によって選別する必要はありますが。

もっと簡単に証拠を手にする方法は、「情報公開法」によって、政府に、それらの情報の開示を請求することです。もし政府に誠意があれば、50年以上に亘る、HEBの特使たちからの働きかけの、膨大な記録が現れるでしょう。残念ながら、「国家の安全保障に関わる事実は公開しない」という理由をもとに、「そのような記録は、いっさい存在しない」という答えが返ってくる可能性があります。「国家の安全保障」という言葉を分かりやすく言えば、「現在の支配機構にとって都合が悪い」となります。確かに、民主主義の名を借りた、ある種の幻想によって状態を保持している支配機構にとって、真実が知れ渡ることほど「困る」ことは他にありません。そこで、かたくなに隠蔽が行われることになります。

それだけでなく、地球市民に対する積極的な「陽動作戦」も行われています。典型的なものは、NASA(アメリカ航空宇宙局)が進めている「高分解能マイクロ波による地球外文明探査計画(The High Resolution Microwave Survey : HRMS)」です。これは、「茶番劇」以外の何物でもありません。NASAは、HEBの特使たちが目の前に来ている事実や、マイクロ波などという(着信まで何年もかかるような)時代遅れのものは宇宙間通信で使われていないことを、最も知りうる立場にいるわけですから。

 

さて、これからの地球で、あらゆる既存のものを決定的に変えてしまう出来事が、「アセンション」です。それは目前に迫っていますが、上記でお分かりのように、これについての真正の情報が、政府やマスメディアから与えられることは、決してないでしょう。一方、本著の第1章「愛なき地球温暖化対策」から、第10章「プラネタリー・クリーニング」まで、人類と地球の現状は、まるで救いがないように見えると思います。確かに、人類は現状を修復する手段を持っていないし、時間もありません。修復する前に「現実の崩壊」が始まるでしょう。それにもかかわらず「人類は黄金時代を迎える」、と言うと驚かれるでしょうか。推理小説の結末部分の「大どんでん返し」のような出来事、それが「アセンション」です。

「アセンション」については、イエス・キリスト個人のアセンション(昇天)がよく知られていますが、今回の「アセンション」は、宇宙の巨大なサイクルの一環として、太陽系と近隣宇宙全体が関係する出来事です。地球に関しては、地球自体と、地球の全生命が相前後して、高次元の波動レベルへ「アセンド(上昇)」します。この意味で、「ガイア・アセンション」という言葉も使います。

「アセンション」の達成とは、「神」であり「創造」そのものである「本来の自分」に戻ることです。「完全な覚醒」です。これまでの「コントロール劇」、「分離劇」は終焉し、すべての人が、完全な自由を獲得するとともに、「魂」と「物理的現実(肉体)」が融合して、事実上永遠の生命を得ます。その前提としての、RNA/DNAの変容は、なかば自動的に行われます。人類は、思考によって自由な創造を楽しみ、無条件の愛と奉仕を基本とする新しい文明を築きます。ーーーこれだけのことが、わずか一つの人生で実現できるとすれば、これまでの「苦労」も報われようというものです。実際、個人にとっても社会にとっても、たとえ外面がどのように見えても、無駄なことはひとつもなく、すべてが、そのために必要なプロセスだったのです。

「アセンション」は、宇宙全体では決して珍しい現象ではありません。すでにお気づきのように、本来なら祝福されるべき「壮大な宇宙劇」であり「宇宙大祭」です。しかし、今回の地球の「アセンション」は、「かなり困難な移行」だとみられています。第1に、地球がすでに広範に汚染されてしまっているという事実があります。汚染された「からだ」のままでは、地球は上昇することができません。「アセンション」の前提として、「プラネタリー・クリーニング」が避けられないでしょう。問題は、それが本格化する時期と規模です。「ガイア・アセンション」の多岐に亘るプロセスはすでに始動しており、全体は長くても今後10年以内に完了するとみられることが、ひとつの目安になります。

第2に、「祭り」が迫っているのに、その準備がされてなく、それを祝う気分も広がっていないことです。これはもちろん、「宇宙の真実」についての、徹底的な情報の隠蔽があるからです。現在の地球は、市民の目から真実を隠すことによって利益を得る(と信じている)勢力に、実質的に支配され、操られています。「アセンション」が近づくにつれて、このような支配の構造が「音を立てて崩れていく」ことは、「彼ら」自身も気づいています。どこにも、逃げ道はないのです。しかし、大多数の市民の認識が現状のままでは、「アセンション」の進行とともに起こってくる現象によって、大混乱が起こる可能性があります。

幸い地球人類は、地球の科学の認識とは裏腹に、宇宙で孤立した存在ではありません。いま、宇宙のHEBや「神々(日本の神々など、各地域の神々を含む)」は、今回の「ガイア・アセンション」を成功させるために、大規模な支援体制を組んでくれているようです。「要請がないかぎり介入できない」という「宇宙のルール」はありますが、「要請は政府がやらなければならない」というルールはありません。すべてを知っている私たちの「真我(潜在意識)」の多数が、サバイバルを選択し、宇宙に支援要請を発信すれば、それは聞き届けられるでしょう。その場合、表面的には、直接的な物理的介入のように見えるでしょう。時期は別にして、その可能性は大いにあります。

一方、私たち地球人類の側でも、それなりの対応が必要になるでしょう。これまでの現実がじわじわと、あるいは一瞬にして崩壊しますが、そもそも「現実」とは私たちの「集合意識」の「創造物」であり、それを「新しい現実」に変えようとしているのだと知れば、驚くことはありません。すべてはプロセスであり、自分の意思が創っているのだと信頼して、絶対に恐怖心を起こさないことです。そして、論理よりも感性で物事を判断する習慣をつけること。疑いを捨てて行動すること。行動は「真我」の導きに従うこと。アセンションに焦点を絞って、それに献身すること。いつでも「飛び立つ」ことができるように、あらゆる執着を断ち切って、身辺の整理をしておくこと。---こんなところでしょうか。できるだけ自然の中で過ごす時間を多く取り、日常生活に、地球とその全生命のため、また自分自身のための、祈りや瞑想やヒーリングを取り入れることも望まれます。




創造主 アセンションと2012年を語る

Posted by photn on 24.2012 アセッション   1 comments   0 trackback
by eisei komatu

創造主 アセンションと2012年を語る

【はじめに】
このメッセージは、2009年8月にキャロリン(キャロリン・エヴァース)とリチャード(リチャード・プレッサー)が受け取ったものです。

元々この二人はそれぞれが個別に活動をしていましたが、2008年10月からお互いの持ち味を生かす形で協力するようになりました。その段階では、キャロリンが高次元からのメッセージを受け取り、それをホームページや著作物を通じて一般向けに普及させる仕事をリチャードが受け持っていました。

それから1年弱を経た2009年8月の初めに、突然リチャードも高次元存在からのメッセージが受けられるようになりました。

それから間もなく起こったことが、いつものように両者が精神統一し受信環境を整え終わった時、何の前触れもなく創造主からメッセージが到来して、この長時間にわたる「当意即妙のQ&A」が出来上がってしまったという出来事です。



例えばラジオ局などの定められた時間枠でリアルタイムの受信を行う場合は、メッセージを送る側と受ける側とで事前の合意があり、したがって質問などもある程度は準備されているのが普通です。しかし本件では、時間枠や事前の心構えなど、何もない状態から始まっています。

また、それまでとは違って、ここではキャロリンが質問し、リチャードが(創造主として)答える形になっています。

さらに内容自体も、キャロリンとリチャードに対する個人的なメッセージが主体ですが、それだけに核心に深く迫る類例のないものになっています。

これを、何回かに分けて紹介します。



第1部



リチャード(R):私はキャロリンがヤミによる妨害から守護されることを意図します。あらゆる根源、時間、空間、次元において、あらゆる時間軸、あらゆる現実、また、あらゆる場所や意識の表現において、ヤミによる妨害から彼女がしっかりと守られることを。そして、この守護が、最近の食を経て地球へと届いたエネルギーを通じてなされることを意図します。今そうあることを、またこの先もずっとそうあることを意図します。以上です。



キャロリン(C):私は、リチャードの翼の下で守られている鳥のように、彼の守護を受け入れることを意図します。そして、私は今もこの先もずっと、それを受け入れ、保持し、自分のものであると断言する時に、彼の守護の中で祝福されることを意図します。以上です。



「聞き入れた、従おう」という声が聞こえたわ。よくわからないけれど、宇宙は生きた存在で、でも私たちには理解できない、ただただ理解できないということではないかと私は思うの。

概して惑星は進化した生きもので、私たちはそのことを理解できないけれど、これは宇宙についても同じだと私は思う。だって、そう聞いたし、私はそれが神だという感じがしなかったから。そのことについて、神が何か言いたいことがあるんじゃないかと思うのだけれど。



R:神は君に何か言っている?



C:いいえ。



R:神は僕に話しかけているよ。神は、あなたが聞いたことは確かに真実だと宇宙が認めている、と言っている。その真実とは、直近の食の時のエネルギーによってあなた方の現実の中で表現されたものであると。

これらはあなた方の現実の中で始まる変容のエネルギーであり、そこから宇宙とあなた方の隅々まで流れます。

あなたは人類を解放するためのこのメッセージの運び手なのです。あなたが歩けば、あなたと共に歩こうとやってくる人々が集まってくるでしょう。あなたは彼らを教え、彼らは理解し、彼ら自身の真実にもう一度目覚めるでしょう。そして彼らもまたあなたがしているようにするでしょう。



そのようにして、成長し広がっていくでしょう。それはまるで惑星の隅々までを照らす光のようでしょう。ここにひとつ、そこにひとつ、また別のどこかにひとつ、そうやって、人類が、この時が何であるか、何が起こっているのかに気づくにつれ、光が惑星の至るところ、すべての場所に見られるまで、そのスピードはだんだんと速まるでしょう。そして私が言ったように、あなた方二人は、このメッセージを人類にもたらすのです。



あなた方はいつも、内容に関係なく私のメッセージを、外部に伝える先導者でした。光のものであれヤミのものであれ間違いなく私のメッセージを、私の代理人として外に伝えてきて、今またそれをやっています。

そして遂に、人類の全員が本気になって至高の人生ゲームを演じてきた、というトリックに気づいてリチャードは、一刻も早くキャロリンに話したいと思ったのを私は知っています。



そして、どんな場合においても、それが光であれヤミであれ、彼ら自身の神、彼らの創造主(根本創造主)に対する彼らの愛に根付いた絶対的なコミットメントと共に、ゲームは展開しています。

そしてほとんどの人がそれはゲームだということを忘れて、そのような情熱やコミットメントを携えてそれぞれの役割を担っています。しかし、どんなものでも良いゲームなら、そうしたものではないでしょうか?

あなた方は、考えつく限りの嗜好を総動員して、あたかも他には何も存在しないかのように、最大限に楽しみながらゲームに打ち込みます。実際にその時は、他には何も存在していないのです。

まさにそれが、あなた方がこれまでやってきたことであり、あなた方一人残らずそのようにやってきたのです。

そして私はこのゲームを、驚異と喜びをもって観てきました。私のこの上なく美しい創造物によって、それほどまでの情熱を持ってプレイされているこの生命のゲームを観てきたのです。

全員がそれほども熱中してきて、あなた方二人も負けず劣らず熱情と献身を傾けてきました。

あなた方に対しては、たぶん他の誰よりも、たぶんイエスと呼ばれている者以外の誰よりも多くのことが求められましたが、それを見事にやり遂げてくれたので、もし可能ならお二人をもっと愛してあげたいと思うくらいです。それができるかどうかわからないけれど、そうだと言いましょう。

だから、私はあなた方二人に、それはすべてゲームだったと気づく、今がその時であることを知ってほしいのです。あなた方はそのゲームから目覚めつつあります。そして、皆を目覚めさせ、故郷に帰り、共に祝う、その時がやってきたのです。

これほどまでに情熱とコミットメントを持ってプレイしてきたこの素晴らしいゲーム、このゲームを通じてあなた方は皆、真理について、また愛、光、平和、喜びを体感することについて、想像もつかないほど多くのことを学んできました。

こうしてプレイされてきたゲームなしでは、私たちの誰も、私ですら、根本的真理の体験の驚異と、そこにあるのはすべて愛であるという真理を、本当の意味で正しく認識することはできなかったでしょう。



私は、あなた方がそれぞれの役目を果たしてくれていることに感謝します。また私には、あなた方二人が引き続きそうしてくれることがわかっています。だからこそ、あなた方は共にやってきて、この神秘的な時を楽しみ、それをお互いに、また人類と共有しているのです。

あなた方はすでに、あなた方が以前に知っていた人の何人かに出会い始めています。その人たちは、あなた方二人を認識し始めていますが、自分が認識していることや感じていることを正確には理解していなくても、自分があなた方と繋がっていることや、自分があなた方二人を愛していることに、ただ気づき始めているのです。そういったことは、これからますます起こるでしょう。

それはまるであなた方が語ってきた「おとぎ話」のようでしょう。妖精のような粉末が、実際に至るところに撒かれたのです。その妖精のような粉末は、そこに住む魂の上に舞い降り、それはまるで惑星全体をくまなく照らす光のようです。



ある意味で、ちょうどリチャードが言ったように、この直近の食を通じてやってきたエネルギーは本当に妖精の粉末のようなものです。この偉大な妖精のような粉末の入った大きなバッグを、あなた方は使い果たすことも空にすることもできません。あなた方がどれだけ使っても、常に充分に満たされているのです。それは決して尽きることのない、無限のものなのです。

それは私の愛、つまり聖母マリアが説明した、はじけるような私の愛です。その愛とは、愛のためにだけ、つまり、すべてにとっての利益のためにだけにしか使えず、また、あなた方の創造主に対する敬意の中でのみ使えるものなのです。それ以上に神秘的なことがあり得るでしょうか?

そういうわけでリチャード、私はあなたを祝福し、あなたがキャロリンのために懸命に形作ってきた「おとぎ話」を自由に語ってほしいと思います。あなたが語るとき私はそばにいて、あなたが見つけたものに含み笑いを始めた時、私もあなたの肩越しに含み笑いをしています。

あなた方が今では、驚異とマジックの全体像に気づいて、「すべてはゲームだった」という短くてシンプルな言葉のエネルギーを受け入れるようになるにつれ、宇宙はあなた方の意図に気づいています。



それは、シンプルな言葉をいくつか手に入れるだけでいいのです。そう、確かに聖母マリアの、実用できる仕組みに触れた話は手始めとして有用ですが、実のところそれに得心した後に必要なのは、短くてシンプルな言葉の表明だけで、それによってすべてがマジックのようにたくさん、あふれ出てくるでしょう。

あなた方は、前途で待っているマジックをまだ想像することはできません。それは、この惑星にあった苦難を、あなた方が通り抜けた後に可能になるものだからです。苦難といっても本当は幻想ですが、あなた方の次元では大変リアルなものです。

そういうわけで、その世界では苦難が非常に大きかったので、それだけ余分にマジックが、あふれ出る権利を獲得したのです。

これまでもたびたび言ってきたように、求めが大きかった者には恩恵もまた大きいので、あなた方はそれを受け取り始める時期を生きています。

そのマジックが次第に展開してきます。それを選ぶ人は、その栄光、驚異、喜び、マジック、活力、光、笑い、興奮、その他どんなものの中にあっても、それが息を呑むようなことだとわかるでしょう。そして実際、その通りになるでしょう。

私はすべてを通して見たり経験したりしてきましたが、ご存知の通り、特にあなた方二人を通して、そうしてきました。あなた方は、非常に特別な方法において、私の目であり、耳でありました。そしてこの知識をあなた方と共有することは、私にとってこの上ない喜びなのです。その知識とは、あなた方がこれまで本当には、その次元では知りえなかったこと、しかし今では、知っていることです。だから私は、あなた方二人のサイドカーに乗るでしょう。



C:それは、かなり大きなサイドカーでしょうね。



R:あなた方は自分たちが選ぶすべてのことを楽しむことができます。なぜならそれは、私が前にも言ったように、人間の肉体がなし得る特別なことを経験するための素晴らしい現実だからです。肉体を通して表現するうれしさは、あるレベルであなた方が忘れてしまっている喜びや驚異です。でも別レベルでは、あなた方が決してこれまでは経験できなかった喜びや驚異があります。というのは、この時のために私たちがとっておいた経験だからです。そして今、それを経験する時がやってきました。あなた方は、なんという楽しい時代へと入っていくことでしょう。



C:おっしゃる通りで、ここでこの仕事をすることをこの上なく感謝しています。そして、あなたが人々を導くやり方を、この仕事を通じて知ることは無上の喜びで、嬉しさに胸が弾むほどです。それを言葉では、とても言い尽くせないのが残念です。



R:ありがとう、と彼は言っている。

あなたがたの先ほどの会話から察知すると、お二人がそれぞれ体験した苦難の一つの理由は、状況が変わってスムーズに事が運ぶようになった時の、喜びや感嘆そして体験の深さを、その苦悩が強めるということ――あなた方は、それに気づき始めているようですね。

もしその苦難がなかったとすれば、あなた方が今の仕事から抱く喜びや感嘆や愛の程度は、それほど大きくはなかったでしょう。

だから、あの苦難のすべては、実は私からの贈りものだったということに、そろそろ気づいてもいい時です。しかし渦中では、その意味がわからなかったでしょうね。



C:それには同意できるような気がするわ。たぶん的を射ているでしょう。



R:キャロリン、今にもっとよくわかるようになるよ――と彼は言っている。



C:それは否定しないわ。ちょっとだけ、あなたの袖をひっぱってみただけよ。



R:あなたがリチャードにやるように、袖をひっぱるのは私も歓迎です。

人々は長い間、私のことを深刻に捉えすぎてきました、あなた方の惑星においては特にそうです。

宇宙を通じて人々は私に話しかけるのを恐れてきたし、あなたが昨日私に、あなたの経験に基づいた感情表現で非常にまっすぐに話しかけてきた時、多くの人々は衝撃を受けました。

そして、あなたもご存知の通り、そのことについて私はどんな判断もしませんでした。というのは、私はそれらの言葉があなたの経験やフラストレーションや苦悩から来たことを知っていたからです。でも私はそれらが、あなた方の私への愛、私たちが共有しているその愛に基づいていないと考えたことは一瞬たりともありません。それは宇宙のあらゆる存在にとっての真実です。ですので、私はすべての存在に言います、これらの言葉を聞くあなた方全員に、そのことを教訓としましょうと。

私のことを、あまり深刻に捉えないでください。確かに私はこの脚本を書きました。リチャードは、ちょっとしたドラマの花形のように私を呼んでいましたが、私はそれらの言葉を受け入れます。私は遊びが大好きなのです。

この愛とともに多くの喜びと生命力があること、私はあなた方全員がそのことを思い出し始めることを歓迎します。私に話しかける時に、そんなに深刻にならないでください。少しの敬意を持ってくださればそれで充分です。



あなた方が経験する喜びと笑い、そしてユーモアは私を投影したものだということを思い出してください。そして、多様な方法で、多くの次元や時間軸や場所で、あなた方二人がやってきた無数の鋳型を壊す勇気を、リチャードが持ってくれたことに私が感謝していることを覚えておいてください。あなた方は、宇宙での私の真実を、おそらくはあなた方が今まで決して理解できなかった形で身に着けています。

それで、私の内心で喜びが目覚め始めています。それは、こういうことが起こるからです。

この認識がこれらの言葉と共に、さざなみを立てて宇宙全体を流れること。

そして、この美しい惑星が、その喜びと共に可能性のすべてを出しきって生きるのにつれて現れてくるものがあり、それに伴って多くのことが宇宙を駆け巡るようになること。

また、困難な使命を忠実に遂行してきた美しいガイアが、本来の喜びを表わし、不幸な現場を目撃してもこの惑星の母性の表現として耐えなければならなかった多くの悲しみを解放することです。

そのように、誰もが近々にやって来る素晴らしい出来事へ準備している今は、彼女が喜びを取り戻す順番でもあります。

その出来事は、ご存知のように2012年のことですが、それは宇宙全体としての目印でもあり、それが祝賀すべき出来事となることの大部分は、あなた方の働きだと知ってください。

困難は、もう一掃されました。もちろん、この惑星でやるべき仕事はまだありますが、ほとんどは片付いたのです。

それで私は、2012年の出来事で最高潮に達する、宇宙を通じての祝賀への道を用意してくださったあなた方二人に感謝します。



【解説】(小松)

はじめに、創造主(根本創造主)とは、みずからの分身として、それぞれの役割や特徴を持つ個別の魂を創造し、それら魂の体験を同時体験しながら、それを通じて自らも進化する存在です。

その一端が、このメッセージの中でも、次のように表現されています。

――そして私はこのゲームを、驚異と喜びをもって観てきました。私のこの上なく美しい創造物によって、それほどまでの情熱を持ってプレイされているこの生命のゲームを観てきたのです。



ここに言う「私のこの上なく美しい創造物」とは、私たち地球人を指しています(しかし創造主の「創造物」の全体には、三次元世界で認識している銀河や星や惑星を含む宇宙そのもの、また動物や植物なども含み、それらに宿る高次元存在としての魂たちを包含する、多次元宇宙のすべての存在を含みます)。

また、次のようにも言っています。

――私はすべてを通して見たり経験したりしてきましたが、ご存知の通り、特にあなた方二人を通して、そうしてきました。



ここに早速「ゲーム」という概念が登場しますが、多くに人にとって、この第1部で最も抵抗があるのは、この部分ではないでしょうか。つまり、「人類の全員が本気になって至高の人生ゲームを演じてきた、というトリック」とか、「それはすべてゲームだったと気づく、今がその時であることを知ってほしい」、また、それに関連して「確かに私はこの脚本を書きました」という箇所です。

これについて、さらに次のように述べられています。

――そして、どんな場合においても、それが光であれヤミであれ、彼ら自身の神、彼らの創造主(根本創造主)に対する彼らの愛に根付いた絶対的なコミットメントと共に、ゲームは展開しています。

そしてほとんどの人がそれはゲームだということを忘れて、そのような情熱やコミットメントを携えてそれぞれの役割を担っています。

――あなた方は、考えつく限りの嗜好を総動員して、あたかも他には何も存在しないかのように、最大限に楽しみながらゲームに打ち込みます。実際にその時は、他には何も存在していないのです。



ここに言う「彼ら自身の神、彼らの創造主(根本創造主)」とは、この宇宙の創造主のことで、光であれヤミであれ、どちらの側から見ても同一の存在、つまりこのメッセージを伝えている創造主自身のことです。

光の存在もヤミの存在も、押しなべて対等な「ゲームの参画者」だったというのは、そして何千人、何万人もの殺戮でさえ「ゲーム」の一環だったというのは、俄かには受け入れ難いかも知れません。

別のメッセージでは、こうも言っています。



《私がいうヤミの勢力とは、その道を歩むことを選んだ天使たちです。私はその選択をした彼らを、私の子供として尊敬しますが、すでに私の光と愛のもとへ帰郷するように命じてあります。彼らの妄信(もうしん)に夢中になって、魂の再編成に至ることがないように、直ちに命令に従うよう要求したのです。》



ここでは、「ヤミの勢力」の主体は「天使たち」だと認める一方で、現在の局面では彼らのほうが、根本的に軌道修正する必要があるという、厳しい選択を迫られていることを示唆しています。



以上を創造主の立場から大局的に考察すると、《自分の分身たちが「宇宙への放浪の旅」に出て、あらゆる次元のあらゆる存在様式の中での多様な体験から学び得るものを学び尽くし、それを通じて魂を磨きに磨いた上で、最終的には自分のところ(すべての魂の大元)へ帰還してほしい(自分自身も、そのプロセスを同時体験して、そこから学びたい)》――という大目的があるのでしょう。

その大目的のための「多様な体験」をお膳立てする工夫の一つが、「ヤミ」の存在を許容し、場合によっては「光とヤミとの戦い」を演出することさえ辞さないというスタンスだと考えられます。

その背景として、「戦いの犠牲者」は実際には、三次元的な外観とは裏腹に、高次元のレベル(魂のレベル)では別のストーリーがあり、単純な「犠牲者」ではないという実態があるのでしょう。



もう一つ、第1部での大きいポイントは、2012年末に起こることは、「祝賀すべき出来事」だという点でしょう。

それについて、このように述べられています。

――そのように、誰もが近々にやって来る素晴らしい出来事へ準備している今は、彼女(ガイア)が喜びを取り戻す順番でもあります。

その出来事は、ご存知のように2012年のことですが、それは宇宙全体としての目印でもあり、それが祝賀すべき出来事となることの大部分は、あなた方の働きだと知ってください。



――それで私は、2012年の出来事で最高潮に達する、宇宙を通じての祝賀への道を用意してくださったあなた方二人に感謝します。



ここに言う「あなた方の働き」とは、地球人類の貢献を指しています。今回のアセンションでは、特に太陽系の中の惑星地球と地球人類が焦点になっており、人類は、表面的に見える以上の重責を担っており、同時に、その役割を遂行しつつあるようです。

「2012年の出来事で最高潮に達する」とは、2012年12月冬至の「転換点」のことです。

別のメッセージでは、このように述べられています。

《この地球のこの時代には、恐怖をもたらすような出来事への敷居を超えるべき瞬間があることについて多くが語られていますが、それは事実でないと断言します。そのような意図はありません。恐怖に陥る瞬間ではなく、むしろ歓喜の時なのです。からだの完全化と魂の完全化を希求し、その両方が調和して働く者には、その能力があります。彼らはそういう機会に浴することになるでしょう。それはあくまでも、あなた方の選択です。》

ここでの「恐怖をもたらすような出来事への敷居を超えるべき瞬間」というのは、2012年12月の冬至に到来する強大なエネルギー(への適応)を指しています。

そして心身の両面で、自らを新時代の地球社会に適応させる充分の準備を怠らなかった者には、その「敷居を超える」ことは何の苦にもならないことを示唆しています。

尊敬する eisei komatu




 

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神の雫を飲む人々へ。
生誕 ; 9/9
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