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アセンション(4)

Posted by photn on 10.2010 アセンション   1 comments   0 trackback
数万年のサイクルでやってくる「フォトン・ベルト」のエネルギーは、「新しい地球」へ導く「光の大河」に例えることができます。その気になってこの流れに乗りさえすれば、所要時間の差があるにしても、誰もが「新しい島」へ運んでもらえるという、めったにないチャンスの到来です。ちょっとした「波乗り」の訓練をして、本流にうまく身を委ねれば、「先頭集団」に加わってゴールインすることも夢ではありません。

しかし現状では、

多数の人が、流されまいと岸辺の草をしっかり掴んでいるようです。今のところ流れがゆっくりしているので、流れに逆らっているという認識はないでしょうが-- -。もっと光が増えて流れが速くなると、掴んでいることがだんだん難しくなり、よほど感度の鈍い人でも、なにか空前のことが起こっていると認識せざるを得なくなるでしょう。そして、しっかり掴んでいるはずの草が、フッと消える瞬間がやってきます。それどころか、岸辺すら消えていることに気づくでしょう。その時の、想念の混乱を考えてみてください。

ほとんどの人は、現在何が起こっているかを知っていると、絶対的に確信しています。あるいは、何か大きなことが起こっているなら、まず政府やマスメディアからの知らせが来るだろうという「根拠のない」思い込みを、安住のよすがにしています。その結果、目の前にあるものも見ようとしないので、何が起こっているかをぜんぜん理解しないまま、気がついた時には全てが終わっているということになりかねません。

アセンションは、私たち一人一人が、自分自身で考え判断する力を試される機会でもあります。文字通り「宙に迷う」ことを避けたいなら、とても信じられないような情報でも、いったんは取り込んでみる勇気を持つことが望まれます。それによって失うものは何もないのですから。その情報を、どう調理して消化吸収するか(しないか)は、あなたの「腕(感性)」の見せ所です。
DNAの変容

アセンションの進行につれて、人間のDNAが変容するといわれていますが、その兆候は現れているでしょうか。はからずも、AIDS(エイズ)がそのきっかけを与えてくれました。10年ぐらい前に、別に珍しいことではありませんが、両親から受け継いだAIDS 病原菌を持った子供がアメリカで生まれました。その子は、6ヵ月後の検査でもAIDS陽性でしたが、その後は定期的な検査が行われず、6歳のとき始めて再検査が行われました。驚いたことに、この時の検査では、AIDSのかけらもなくなっていたのです。

そこで、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で、この子に何が起こっているかを徹底的に調べることになりました。その結果、単にAIDSに対する強力な免疫力を持っているだけでなく、あらゆる疫病に対して完璧な免疫力があることが分かったのです。この子は、「病気になることができない」人間になっていたのです。更に調べた結果、遺伝子レベルでも、変化が見られました。

私たちのからだでは、毎日タンパク質が分解され、その分がアミノ酸から新たに合成されています。タンパク質は、多種類のアミノ酸が一定の順序で結合した、巨大分子です。特定のタンパク質を合成する能力は、遺伝的に決定されていて、DNA がその鍵となる物質です。DNAの二重螺旋構造について聞いたことがあると思います。これは、単位物質が、数千から数百万もつながった長大な分子で、これに結合している、チミン(T:略号)、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)という、4種類の塩基の配列によって遺伝情報が規定されています。

さて、からだに必要な20種類のアミノ酸は、遺伝子上にあるDNAの塩基配列からアミノ酸配列へ翻訳することによって造られます。これは、上記の4種類の塩基のうち3種類の組み合わせ(例えば略号で T・C・A、このような組み合わせをコドンと呼びます)を、1種類のアミノ酸(前例の場合は、セリン)に対応させることによって行われます。簡単に計算できますが、コドンは全部で64(=4×4×4)あります。アミノ酸の20とコドンの64との関係は、終止コドンというものが3つあり、残りの61では、1つのアミノ酸に対応するコドンが2つ以上あるためです。

タンパク質の合成、つまりその前提としてのアミノ酸の生成には、特定のコドンが選択的に使われており、それはタンパク質合成の効率に関係します(当然ながら、その効率が良ければ、細胞がどんどん生まれ変わって、生命体の高い活力が維持されるわけです)。このようなコドンの選択について、血液分析などで観察される状態を、「コドンユーセージ(コドン使用頻度)」という言い方をしています。AIDSでは、「コドンユーセージ」の減少が問題になります。「コドンユーセージ」は、生物種および各組織毎、さらに生成物毎に異なっていて、ヒトは、普通は20種類のコドンが活性化しています。ところが、その子は、24種類のコドンが活性化していることが分かったのです。

さらに、1995年から96年に行われた、国際的な血液調査のサンプルによって、類似のケースがないかどうかが調べられました。その結果、必ずしもAIDS に関係なく、このようにコドンが活性化している子供が、次々と見つかりました、何百万人も。主に子供ですが、大人でも見つかりました。結局、今や世界の人口の1%、つまり約6千万人が、これに該当すると推定されています。わずか10年以内に、この規模にまで「増殖」したのです。

コドンの活性化や免疫力の獲得は、実は、いま起こっている壮大な物語の一つの局面に過ぎません。また、ここに見られる遺伝子レベルの変容は、これから起こってくる、もっと大きいDNAの変容の、さきがけです。そして、覚えておいてください。政府やマスメディアから、そうした情報が与えられるのは、いつものように、「コト」が終わった後になるだろうということを---。
インディゴ・チルドレン

いま世界中で、「ADD(Attention Deficit Disorder:注意欠陥症)」や「ADHD(Attention Deficit Hyperactive Disorder:注意欠陥多動症)」というレッテルを貼られる子供たちが急増しています。アメリカでは、この5年間に、その数が年々倍増して、いまや全児童生徒の3-9%にこの「障害」が認められるといいます。「注意欠陥多動性障害児」は、特殊な学習障害や、時に反社会的行動などを伴なう、一種の精神障害の持ち主として扱われるようになっています。その「治療」として、もっぱら向精神剤の「リタリン(Ritalin:塩酸メチルフェニデートの商品名)」が用いられています。この薬は、不眠、興奮、神経過敏、頭痛、めまい、うつ状態など多種類の副作用があります。治療成績は、芳しくありません。

学習障害児は、どの学校にも昔から、ある割合で存在しました。しかし、近年になってそれに大きく上乗せされた部分を、十把ひとからげに扱ってよいものでしょうか。学習不適格が増える一方で、全体のIQ (知能指数)が上がってきているのはなぜでしょうか。これらは、「新種」の子供たちです。少なくとも親や教師たちにとって、「新種」の問題です。これに対して、社会や学校という既存の枠組みとそこで適用されるルールや価値基準を離れて、これらの子供たちを人間として純粋に観察する研究者も増えてきました。そして少しずつ、この「新種」の子供たちの全体像が明らかになりつつあります。

「新種」に共通的な特徴のいくつかは、次の通りです。

* 一種の気位(きぐらい)があり、目的を持ってここにいるようにみえ、そのように振る舞う。
* 感受性が強く、エネルギッシュ。
* 超自然的な知覚力を持つように見えることがある。
* 自尊心が強く、自分独自の行動様式や問題解決手順を持つ。
* 興味のあることなら、スポンジのように急速に知識を吸収する(探検的に学ぶ)。
* 早い段階で「教室」への適応に失敗すると、そこでの学習意欲を永久に失うことがある。
* 生まれながらの創造者(科学者、発明家、芸術家)。
* 権威やルールの押し付け、堅苦しい儀式には折り合えない。
* 親や近縁のものがコントロールしようとする目論見を、簡単に見抜いて無効にする。
* 列を作って待つなど、いくつかの集団行為は決してやらない。
* 家庭や学校で「別のやり方」を編み出す(システム破壊者)。
* 自分に対する、周りの評価は問題にしないし、それに影響されることもない。
* 罪悪感を基準にした教導には反応しない。
* 自分の目的や欲求を表に出すことを恥ずかしがらない。
* 自分の在り方が周りに理解されないと、内向的になることがある。
* 「立派な大人」として扱われたときの反応が、最も良い。

インディゴ(indigo:藍色)は、超心理学者の Nancy Ann Tappe が、特定の子供たちが「この色に見える」として名付けたものです。上記のカテゴリーは、当初彼女が定義した範囲と完全に重なっているわけではありませんが、現在では、この呼び名が定着しつつあります。いずれにせよ、色自体は問題の本質ではありません。

残念ながら、世界の現状は、インディゴたちにとって不幸な状況が続いています。親たちの多くは、インディゴの潜在能力の高さに気づいていません。それどころか、インディゴの「過剰な」想像力や創造性を、早い段階で摘み取らないと「将来が大変だ」と考えます。そこで摘み取りきれなかった部分は、学校が、そして社会が面倒を見る仕掛けが定着しています。「悩める親たち」の横の連絡機構や、カウンセリングの組織もあります。しかしそれらは、一部の例外を除いて、インディゴの本質を理解しておらず、「LD(Lerning Disability:学習障害)」の大枠の中で対処しようとしているにすぎません。

「日本LD学会」というものもありますが、「リタリン」を投与して様子を見ようとする医者(「潜在力の圧殺」に成功したとき「治療の効果があった」とされます)と同様、本質が分からずやっているから、根本的な解決に至らないのです。最適の「クスリ」があるとすれば、それは、社会自体が変わることです。社会機能は正常、学校教育は正当という観点から、ADHDという病気が「創造」されましたが、子供たちは病気にかかっているわけではありません。今の社会システムに「属する」ためには、自分を殺さなければならないが殺しきれない---という問題です。この状況にふさわしい名称は、「SFDS(Social Function Deficiency Syndrome:社会機能不全症候群)」です。

ところで、「宇宙」からの情報は、インディゴ・チルドレンについて、もっと明快な光を与えてくれます。1989 年以降、10人のうち8人の子供は、「意識が開かれた状態」で生まれてきているとのことです。この「移行期」の地球の必要を満たし、かつ自らも「アセンション」という稀有の体験を持つため、高次元の魂たちが、大量に地球人の肉体に宿るようになっているのです。もうすぐ、彼らが時代をリードし、地球の新しい文明の担い手となるのが見られるでしょう。

さまざまな機会に、身近でインディゴを「発見する」ことは珍しくないはずです。抑圧的でない環境で育てられているインディゴは、自然界の精霊や牧神が見え、造作もなくテレパシーで会話を交わしています。インディゴはその様子を、(「想像」するのではなく)詳細に「説明」することができます。インディゴを持つ賢明な母親は、行動や判断の節目節目でインディゴに尋ねて、その情報力を「有効活用」しています。答えは、一瞬で出てきます。時には、インディゴが、親族や知人の危急を知らせてくれることもあります。

インディゴは、あなたがまったく気づいていないことも含めて、「すべて」を知っている、あるいは知る手段を持っているのだから、あなたの浅知恵(失礼!)を押し付けたり、管理したりするのはもっての外です(相手が誰であろうと、人に対するコントロールや管理は、そもそも「宇宙の原理」に反することなのですが)。なお、インディゴの健康状態、肉体の抵抗力については、親より優れているとは必ずしもいえません。それは、親たちが、子供の誕生以前に、「ジャンクフード(ファーストフードなどの粗悪食品)」を食べたこと、そして衣食住の生活環境内の有害物質が年々増えていることが主な原因です。

この10年の間に、地球において、インディゴの「ストック(在庫)」が急激に増えてきました。そして5年の間に、大量に就学期を迎えました。さらに10年経ったらどうなるか考えてみてください。もはやこの現実に、従来の観念で対処することは不可能です。インディゴは、巨大な「マス(塊)」として、有無を言わせぬ現実をこの社会に突きつけながら、頭の固い大人たちが最終的に目を覚ます機会を与えてくれているとも言えます。
からだの浄化

アセンションの「波乗りを楽しむ」ためには、それを意図するだけでなく、宇宙の動きに遅れないように、私たちの波動レベルを上げていく必要があります。「からだ」と「マインド(心・精神)」の浄化によってそれが達成できるはずですが、コトは簡単ではありません。私たちの「からだ」も「マインド」も、すでに広範に「汚染」されているだけでなく、外部環境が、浄化を妨げるもので満ち溢れています。捨てる努力をしながらも、同じもの・同種のものを、ついつい取り込んでしまうという、イタチゴッコをするようなプロセスが待ち受けています。断固としてそれを乗り越えてみせる、という決意が、まず始めに必要になるでしょう。

からだの浄化に最も関係が深いものは、食べ物です。これに関連して、本シリーズ第1部の「飽食のなかの食糧危機」と「プラネタリー・クリーニング」も参考にしてください。前者には、食の「質の危機」について、いくつかの事例をもとに、ややマクロ的に説明した部分があります。後者には、環境ホルモンの観点から、化学物質の問題、農薬の危険、遺伝子組み替え作物の問題などを扱った部分があります。

さて、食事を通じて浄化を加速する最も手っ取り早い方法は、エネルギーレベルつまり波動レベルの高いものを摂取し、低いものを敬遠することです。食品などの波動レベルの測定には、さまざまな手法や機器が開発されており、それらによる測定データは、ほとんど同じ方向を示しています。また、食品に含まれる残留農薬や食品添加物も問題になります。農薬については、上記の「プラネタリー・クリーニング」を参照してください。

食品添加物としては、保存料、合成着色料、糊料、酸化防止剤、膨張剤、化学調味料、安定剤、乳化剤、酸味料など、31種類、347品目が使われています。この20年間に、いったん許可されてから発ガン性などを理由に禁止(削除)された添加物が23品目あります。私たちが普通の食生活をすると、1日に60~70種類、約10グラムの、これら食品添加物(合成化学物質)を取り込むことになります。これでは、すでに体に入っているものの浄化どころではありません。これを避けるには、食品の成分表示に注意する必要があります。もちろん、できるだけ加工食品を使わず、生の素材から調理することが基本ですが---。

食品の波動レベルは、一般的に、自然の状態に近いものほど高くなります。当然、ブロイラーより地鶏が高いですが、鮮度の良いものの入手は簡単ではありません。牛肉や豚肉は、あらゆる食品のなかで、最も波動の低いものです。これは、飼育過程でのストレスに加えて、屠殺(とさつ)という行為が関係していると考えられます。

動物性タンパクは、できるだけ魚介類で摂るようにしましょう。といっても、ハマチ、タイ、エビなどの養殖されたものは、敬遠したい魚介類です(エサに混ぜて投与される抗生物質や、魚網に塗る猛毒の防汚剤の問題もあります)。ハマチは、ブリ、ワラサ、イナダ、ワカシなどの名前で売られることもあります。野菜や果物では、ハウスなどで栽培されて年間を通じて市場に並ぶものよりも、旬の露地ものが高い波動を示します。ブドウや梨などの種無しのものは、植物成長ホルモンを振りかけて促成栽培したもので、低い波動の果物です。

以下、上記以外の主な食品について、選択のポイントを列挙します。

* (米) 精白した米は、貴重な栄養が削ぎ落とされています。一方、農薬は胚芽に残留し易いので、有機栽培の玄米を購入し、必要によって例えば5分に自家精米するのがベストです。
* (パン) 国産小麦を原料として、(薬剤で漂白しない)全粒粉を用い、天然酵母を使った、防腐剤などの添加物を加えていないもの。輸入小麦は、貯蔵や輸送中に使われる殺虫剤の残留が懸念されます。また、自動製パン機を使う大工場では、パン型などに流動パラフィンが使われています。
* (牛乳)日本で市販されている牛乳のほとんどは、ヨーロッパなどと違って、高温加熱処理されているため、有用な乳酸菌は死滅し、タンパク質やカルシウムも変成しています。牛乳の代わりに、ヨーグルトを摂るようにしましょう。
* (卵) 波動が高いのものは、屋外で放し飼いで育てた鶏が産んだものだけです。地養卵だの解放鶏舎だの、紛らわしい名目をつけて、値段を吊り上げているものがあります。また、酵母菌やビタミンなど、もっぱら飼料を強調しているものも、値段に見合う価値はありません。卵ほど「まやかし」が、まかり通っている食品は例をみません。できれば、飼育現場を見学してください。
* (野菜) 「有機栽培、無農薬」のルートを開拓しましょう。例えばトマトの温室栽培では、一般に、6つの病気に25種、アブラムシに5種、オンシツコナジラミに4種、除草剤として3種、合計37種の農薬が使われています。
* (果物) 国産のものが1年中出まわっているので、これが第1選択肢です。しかし、国産でも安心はできません。例えば、リンゴの典型的な栽培法は、20種の殺虫剤と14種の殺菌剤を混合して、これを4月から11月の収穫期までに16回散布します。ミカンでは、一般的に、着色料、皮膜剤、防カビ剤、そして保存料が塗布されています。
* (砂糖) 加工程度が低い三温糖、またはまったく化学処理していない玄糖。
* (塩) 海水の微量成分を生かした自然塩。
* (醤油) 国産無農薬大豆、小麦、自然塩そして天然醸造法で造ったもの。
* (味噌) 天然熟成し、添加物を加えていないもの。大手メーカーの短期醸造法で造ったものは添加物のかたまりです。
* (食用油) 化学物質を使って、大量生産できる要注意食品の代表。混合油でなく、単体のごま油、べに花油、なたね油などで、薬品による抽出でなく、圧搾して造ったものを選ぶようにしましょう。
* (お茶) 無農薬栽培が極めて難しいといわれる、農薬漬け食品の代表。信頼できる入手ルートが無いなら、むしろ有機無農薬栽培のハーブティーを日常飲むようにするのがよいでしょう。
* (ビール) 麦芽100%のものを選ぶ。それ以外は、原料のコーンスターチに遺伝子組替トウモロコシが使われている可能性があります。なお、以下のものを含めて、アルコールの多飲は、「浄化」の逆行になることに留意しましょう。
* (日本酒) 純米酒でも、「米ヌカ糖化液」を混ぜたものがある(表示義務はない)。また、人体に有害な、合成乳酸を使っているものがあります。「日本名門酒会」のものを選ぶようにするとよいでしょう。なお、「生貯蔵酒」や「生詰」と表示さているものは、出荷前に加熱処理されており、冬季だけ出回る「生酒」とは違うので注意しましょう。
* (ワイン) 国産で、酸化防止剤(亜硝酸塩)を含まないものが出ています。

このようにみてくると、「えらいことになっている」と、うんざりするかもしれません。その通り、「農」は「商」に蹂躙されたのです。農協の「商」の機能も、このプロセスの進展に「寄与」しました。その過程で、「農」の担い手の理念も変質したのです。「見かけ」だけで選ぶ消費者の姿勢にも問題があります。いずれにせよ、知っているのと知らないのとでは大違いです。実態を認識することが第1歩です。そして、現在の流通機構を考えると、100点はとても無理でしょうが、品目の数または1ヵ月の食事内容で、せめて50点ぐらいを達成できれば、「浄化」へ大きく前進することになるでしょう。

最近は、農家の姿勢もじわじわと変わってきており、スーパーなどでも、上記のような「適格商品」の品揃えに力を入れるようになりました。また、自然食品を専門に扱う店の数も増えつつあります。さらに、直販を含めて、安全な食品の製造販売を社是としているメーカーも各業種に少なからずあります。

これまで使ってきた食品が底をついた時が、切り替えのタイミングです。一つ、また一つと、変えていくのが無理のないやり方です。また、外食が多い方は、素材の選択、したがってメニュー選びが重要になります。場合によっては、料理への好みを変えていくことも必要になるでしょう。地域の自然志向レストランや食堂を探索するのも、楽しいでしょう。また、出された料理が気になるときの「応急処置」としては、掌を2、3秒当てて清める方法や、からだに良いと暗示をかける方法があります。

なお、食品ではありませんが、日常使うもので、シャンプーや歯磨き剤などの成分表示に注意する必要があります。これらにも、石鹸や炭酸カルシウムなどを使った「適格」のものはあります。また、電動歯ブラシや電気シェーバーなどは、からだにじかに触れるため、テレビやパソコン以上に、電磁波の影響を受けます。早めに「手動」に切り替えるのが無難です。

他に、からだの浄化に極めて効果的な手段は、入浴、水泳、散歩そして軽い日光浴です。手軽に温泉に入れる環境にあれば、申し分ありません。ヘルスクラブなどに入会するのもひとつの手段です。
「モチモノ」の点検と廃棄

私たちは、「今生」だけでなく、数多くの地球での「転生」の経験を通じて、多数の「地球型ドグマ(信条)」を身に着けてきました。そのほとんどは、「ネガティブたち」のマインドコントロールの下で取り込んだものです。いわば陰謀によって嵌められた「桎梏(足かせ手かせ)」あるいは「重し」のようなものですが、それを、絶対真理であるかのように後生大事に抱え込んでいるのが実情です。「重し」を外せば、「呪縛」が解けて身軽になり、「上昇」しやすくなります。

私たちが身に着けているこのような「モチモノ」には、多少なりとも個人差があります。そこで、それら一つ一つを、自分の心に聴きながら点検・確認して、思い当たることがあれば躊躇せずに「廃棄」すること、これが、「マインドの浄化」のファーストステップです。目指すは、何ものにも拘束されない「創造者」としての自分です。

以下、代表的な「モチモノ」を列記してみます。その根底にあるものは、私たち地球人類の創造者としての「実力」の過小評価です。これは、人類を支配しコントロールしようとする勢力によって、「そのように仕向けられてきた」歴史に由来しています。その仕掛けは、遺伝子レベルに及んでいます。

1.恐怖感 --- 最大の「モチモノ」といってよいでしょう。同時に、「彼ら」にとって、これを「植え付ける」ことが、人類をコントロールする最大の武器でもありました。死への恐怖、病気や別離への恐れ、地位を失う恐れ、経済的苦難への恐れ、愛情や親密さを表現することへの恐れ、自分の真実を表出することへの恐れ、失敗することへの恐れ等々。すべて、永い歴史の中で、「オールマイティの創造者」であることを「忘れてしまった」ことが根源にあります。また、死への恐怖は、肉体が唯一の実在だという「ニセ情報」を信じ込ませられてきたことに関係します。

この3次元の世界では、表面意識から見て「予想外」のことが起こることは多々ありますが、常に、原因は自分にあり、「何か必要な知らせ」が来たと捉えるのが正解です。そうでないと、「創造者としての自分」の地位を放棄することになります。たとえそれが、一見困難な状況であっても、自分としていま何が出来るかを考えて、行動を起こせばよいわけです(恐怖心に駆られて走り出すのでなく)。一瞬一瞬、常に状況を把握していて、「足が地に付いて」いれば、その状態がすべてです。先のことを、あれこれ心配する「クセ」は、「廃棄」すべき「モチモノ」の1つです。

2.成功の追求 --- この世で言われる成功や失敗は、すべて特定の観点または見解に過ぎません。時代を経て、成功が失敗に変わる例はいくらでもあります。1987年から1989年の日本のバブル期に「大成功」した会社のほとんどは、その後現在までに「大失敗」したことが明らかになりました。この瞬間でも、科学技術で成功とされているもののほとんどは、「エコロジー(地球環境)」の観点では失敗です。あるいは、何百万人も殺して、戦争に勝利したことが成功と言えるでしょうか。

そもそも、成功を追求したり、成功や失敗のレッテルを貼ることがおかしかったのです。「成功願望」は、誤った価値基準の産物です。価値を規定するなら、それぞれの人が、創造者としての体験を積んでいるプロセスだけが、唯一の価値です。その価値を評価できるのは、本人だけです。目標を求めるなら、その計画がヒューマニティ全体に寄与しているかどうかだけをチェックすれば十分です。

3.隠蔽と責任転嫁 --- 根源に「失敗への恐れ」があり、実際に「失敗した」と当事者が認識したとき、隠蔽や責任転嫁が出てきます。したがってこれも、恐怖感の変形であり、誤った価値基準を信奉した「ツケ」のようなものです。「失敗した」などと認識しなければよいのです。すべてはプロセスであり、ゲームであり、それぞれに固有の価値があるのだから、「失敗」は存在しないのです。また、自分のジレンマの責任を、外部に押し付けることは、力を放棄して外部に売り渡すことになるので要注意です。

もう一つ、隠蔽が出てくるケースは、幼少期あるいはその後に、両親、親族、あるいは友人などに好まれ受け容れられてきた「セルフイメージ」と実態がずれてきた(と本人が勝手に思い込んだ)場合です。「自己の真実」への直面を恐れているわけです。「プロセスの価値」だけを信頼していれば、何の問題もないことですが---。

4.恥じ --- 「恥を知れ」などと言われると、たいていの人が、胸にグサッときます。これは、感情の深い部分で、その指摘に同意しているからです。このような事態を避けるためには、どんなことでもやる、嘘でもごまかしでも殺人でさえも---という、人類が持つ不思議な感情です。本当は、同意する必要などないのに、日常、「コンセンサスという魔物」にとりつかれているので、ついついワナにはまってしまうのです。このコンセンサスは、人類が何千年もやってきた「分離のゲーム」の主要ルールで、何かにつけ比較し、差別し、優劣や善悪を分けようとする「シキタリ」です。

コンセンサスが造った現実は、大変誘引力があります。私たちは、生涯を通じて、それにドップリ浸かってきたわけですから。そして他者は、彼らの現実にあなたを封じこめておくことに、そもそも執着を持っています。うっかりそれに同調してフィードバックし、さらに強度を強め合うような愚は絶対に避けるべきです。それに対処するには、相手の発言やその裏にある思いを、とりわけそれがあなたにどう影響するかを、傾聴し完全に意識に乗せることが重要です。そうすれば、詭弁に乗せられることはないでしょう。気になるなら、そのエネルギーを掌に載せて、フッと息を吹きかけて空間に帰してやればよいのです。一つ一つ片付けることが要諦です。

5.盲信と信仰 --- 人類が本来持っていた透視能力は、ほとんどの人が機能不全に陥っています。また、見えすぎることには、ある種の不安が伴ないます。その状態で、人のネガティブな面をしっかり見ようとしない結果、盲信が生まれます。そして、見ようとしなかったネガティブな面を直接見せられたとき、裏切りを感じることになります。実はこれは、自我が創作した「一人芝居」です。価値基準の押し売りです。

人のイメージや仮面を買いかぶり、完璧だと決めてかかって崇拝するようになれば、信仰に近づきます。しかし実際には完璧な人などいない、「神」でさえも。そこで、組織的に「神」の「ストーリーの捏造(ねつぞう)」が行われることになります。その「筋書き」を、内部から、あるいは外部から崩されないようにするための、防御機構も構築されます。対象が過去の人であれ現在の人であれ、個人崇拝の宗教のほとんどが、このパターンに嵌まっています。あるいは意図して嵌めています。

どんな人でも、多かれ少なかれ二面性のバランスを取りながら、完成への道を歩んでいます。また、一瞬でも、同じところに止まっていることはありません。どの道の、どの段階にいるにせよ、それぞれに固有の価値があります。その意味で、すべての存在が対等です。相手が「神」であっても---。愛をもって対等の友として接すること。これが、あらゆる存在の相互関係の、唯一の有るべきルールです。

6.怒り --- 盲信や信仰が、何かのはずみで破綻したとき、嫌悪、怒りそして憎悪が姿をあらわします。しかしその原因は、対象とした相手にあるのではなく、自分の心の中にあることは、もうお分かりと思います。もともと「愛」があったのではなく、自分の「都合」だけがあったのです。

同じことは、児童虐待にも当てはまります。自分が勝手に造った期待像に子供が合わない場合、突然変身するというケースです。

7.嫉妬 --- しばしば「愛」の変質したものと誤解されますが、本当は「愛」の対極で、他人の喜びを見逃すことが出来ず、良いものは自分に属していないと気が済まない、というエゴの極致の感情です。それをストレートに表さず、屈折した形で表現するのが嫉妬です。根底にはやはり、何かを失うのではないかという、「恐れ」があります。

8.エゴ --- あらゆる人や状況を、コントロールしないと気が済まないという、私たちが持つ一面の性癖です。自分が最善、その他は間違っているという考えが根底にあります。たいていの場合、「善行を積んでいる」と固く信じてやるので、たいへん始末が悪いのです。

9.ネガティブエゴ --- 破壊や怠惰を追求するという、他の一面です。人や状況をコントロールすることは完全に放棄し、むしろあらゆるものの中で、自分が最悪だと考える傾向があります。一人の人間が、エゴとネガティブエゴの間を行ったり来たりすることは、よく見られます。

10.ジェンダー誤信 --- ジェンダーは、社会的文化的な意味の男女の性別のことです。男性上位の、この地球で主流となっている在り方の中で、女性は過小評価され、男性は過大評価されています。その矛盾が、男性側の「実力」がボロを出したときや、どの男性でも持っている「内なる女性原理」が、はからずも顔を出したようなときに、露呈します。

実際は、すべての人が、男性原理と女性原理の両方を内面に持っています。男性は優れ、女性は劣るという思いこみは、遠い昔にプログラムされた陰謀です。このプログラムのお陰で、地球では争いが絶えることがなく、「彼ら」にとって、まことに都合がよい状況が、今日まで続きました。

さて、「モチモノ」の点検と廃棄が進展するにつれ、「新しい地球」における人間の在り方が、染み込むように自然に、身に付いてくるはずです。それによって、「アセンション」に至る、或るレベルの要件が満たされることになるようです。

1.無条件の愛

2.オープンハート

3.「各個の真実」の受容

4.すべてが対等

5.あらゆる二面性の超越

6.創造のマスター

これらについて、ここでは、多くを語る必要はないと思います。

[補足]アセンション・コミュニティー

「アセンション」に至る最も望ましい形は、認識と志を同じくする人たちで、コミュニティーを造ることです。そのコミュニティーの在り方が、そのまま、「新しい地球社会」の雛型になることが最善だし、またそれを目指さなければ意味がありません。ただ、あくまでもこの3次元の地球上に実現するわけですから、それなりの限界や制約はあります。当面の収入の確保、子弟の教育、既存の地域社会との関係など、克服すべき課題はたくさんあります。しかし、「アセンション」という大目標をはっきり見据えている人にとっては、本気でやれば、解決できない問題ではないでしょう。

理想的には、自然に恵まれた広大な敷地の中に、参加するメンバーのそれぞれが自宅や共同住宅を持ち、少なくとも、共同の催しのための「センター棟」と、必ずしも生計のためではなく補助食品として、質の良い野菜や果物やハーブなどが収穫できるような、「共同農場」が欲しいところです。一挙にここまで実現できなくても、一部のメンバーは、近隣の市町村に散在して、共同行事の都度、集まってくる形でもよいでしょう。要は、目標を共有し、コミュニケーションや行動をシェアーすることが重要なのです。

そして、このようなコミュニティーが存立するための、重要な要件があります。第1に、メンバーの一人一人が、参加に当たって、上記(「モチモノ」の点検と廃棄)の意味の、「モチモノ」をすべて廃棄することが要請されます。これは、パーフェクトでなくてもかまいません。コミュニティーの実際の生活の中で、「モチモノ」を捨てれば捨てるほど気持ち良く生活できることが、自然に分かってくるからです。

第2に、メンバーのそれぞれが、経済的に自立できることが求められます。これは、家計単位であれば十分です。経済的に自立していることが、精神的に自立する前提になります。コミュニティーという言葉から、生計や労働力をプールした、相互扶助的な生活共同体を連想されるかもしれませんが、それは正解ではありません。そのような生活共同体は、仮にうまく機能するようになるとしても、何十年もかかるでしょう。また、得てして「もたれあいの構図」が発生して、精神的に自立できないメンバーが増えてくる恐れがあります。

さて、以上2つの基本要件さえ満たされたなら、実際の運営は、意外に簡単です。運営の約束事や規則集などは必要ありません。無い方が、変化に対して融通無碍に対処できて、面白味が増します。そして、メンバーの全員が「対等」であることが、直ちに「肌で感じられる」でしょう。特定のリーダーは必要ありません。自然に形成されるものが、コミュニティーの「合意」です。便宜上「代表」を置くとしても、その役割は、同窓会の幹事のようなものです。

コミュニティーの連絡手段は、FAXが基本です。それぞれの得意分野に応じて、最初に思いついた人が、そのテーマのリーダーになります。FAXの同報機能を使って、メンバーの全員宛てに、「明日9時から、ジャガイモの収穫をやります」とか「いついつ何時から、コーラスの練習をやります」という具合に流します。都合がつき、楽しいと思う人が参加すればよいのです。「不参加だと他の人に悪い」とか「サボるとはケシカラン」と思うような「モチモノ」は、誰も持っていません。他者への非難やコントロールは、結局は自分に降り掛かってくることを、全員が理解しているのです。《今日は、ジャガイモの収穫を見物しながら、日向ボッコをしまーす》という「参加」も、大いに歓迎されます---その人の楽しそうな姿を見るのが、みんな嬉しいのです。

このコミュニティーと外部社会との関わりについては、メンバーの何人かが、地域社会で職を得ていることを除けば、継続的なものはありません。地域社会のまつりごとに、チームで参加することはあります。また、「アセンション」の啓蒙活動の一環として、インターネットによる情報発信や機関紙の発行があります。関心のある人を集めた講演会もあります。テレビや新聞は、普通は、どの家庭にもありません。このような情報は、必要としないのです。せいぜい、たまにラジオを聞く程度です。

コミュニティーでは、各家庭でそれぞれのサイクルがあり、それに、コミュニティー全体のサイクルが重なります。そこには、完全な精神の自由があり、生活は、苦労よりも楽しさでもっぱら彩られます。そのような環境で、自然な形で生活すること自体が、「新しい地球」につながる、この3次元での「創造活動」なのです。

以上の記述は、実は、北海道に実在する或るコミュニティーについて、私の「3次元的解釈」の部分だけを、要約したものです。高次元まで含めた全体像からすれば、ごく一部であることを、おことわりしておきます。なお、コミュニティーのイメージを、こちらでご覧ください。




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1970.01.01 09:00 | URL | ~ #79D/WHSg[edit]


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