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聖者は語る

Posted by photn on 26.2010 アセッション
DVDプレーヤーはそこにあります、コードもあります、電源もあります。 何が足りないのでしょうか?DVDプレーヤーはマインドですが、それはあります。 DVDの中に記録されているものはテレビの画面で見ることができます。 ですからあなたに与えられる教えは、あなたの現実となります。 私がこれから教えを提供しますが、もしあなたが非常に注意深く耳を傾けるなら、そしてサダナ(*スピリチュアルなエクササイズ)があり、それによって教えはDVDプレーヤーにアップロードされます。 もしそれが正しく行われるなら、あなたがスイッチを入れた時に全ては終わります。 おそらく今日あなたは目覚めるかもしれません。 今日、この会場において目覚めるかもしれません。 現在、毎日人々が目覚めています。 あなたは今日目覚める用意ができていますか?ですから、教えのDVDに注意深く耳を傾けてください。 それをDVDに取り入れ、それからアップロードするのです。 最初の教え:あなたの考えはあなたの考えではありません。 2番目の教え:あなたのマインドはあなたのマインドではありません。 3番目:あなたの身体はあなたの身体ではありません。 4番目:あなたのセルフ(*自己)は概念にすぎません。 あとで5番目に進みます。 もしあなたが耳を傾け、正確に理解するなら、DVDにアップロードすることができます。 さもないと、アップロードできません。 どうか覚えておいてください。 あなたの考えは太古の昔から今日まで発展してきたのです。 それらはあなたの考えではありません。 それらは非常に複雑なもので、何千年もの間に発展してきました。 あなたが今どんな考えを抱こうとも、それはあなたの祖先たちも体験してきたものです。 新しい考えなど何一つありません。 あなたの脳は再プロセスを繰り返す機械にすぎません。 例えば、ある考えをピックアップし、それを再プロセスするのです。 たくさんの考えをピックアップして、それを並べ替えたり、組み合わせを変えるなどの再プロセスを行います。 脳それ自体は何も新しいことを生み出すことはありません。 ただ考えをピックアップし、再プロセスするのです。 それらはとても古いものです。 いわゆる現代の考えですら非常に古いものです。 それは単にあなたの脳によってリサイクルされたにすぎません。 さて、もしあなたが中世の人を見ても、その人の考えは同じようなもので、古代人を見てもその考えもまた同じようなものです。 あなたの考えは思考層にあります。 それはアジナチャクラ(*第三の目)から入ってきて、ビンドゥ(*頭の後ろ側)から抜けていきます。 それだけです。 受信し、伝達します。 受信し、プロセスし、伝達します。 ただそれが行われているのです。 大気は古代から同じです。 何千年もの間リサイクルされています。 全ての動物は同じ大気をシェアしてきました。 植物も同じです。 あなたは酸素を吸い込んで、二酸化炭素をはき出します。 植物は二酸化炭素を吸い込んで、酸素をはき出します。 ですから、それはあなたの口から別の人へと行きます。 彼がその空気をピックアップします。 それは蟻へ、象へ行き、象からはき出されて植物へと行きます ですから大気はすべてリサイクルされています。 同じように思考層があり、考えは絶えずリサイクルされます。 再プロセスする機械は人間の脳です。 私たちは実際に集合的生き物なのです。 それゆえあなたの考えはあなたの考えではないのです。 後でまたそこに戻ってきましょう。 あなたのマインド。それはあなたのマインドではありません。 このマインドもまた非常に古いものであり、ただ一つのマインド、ワンマインドがあるだけです。 すべてのマインドの中心には恐れがあります。 あなたが誰であろうとも…あなたが地球上で最も勇敢な人であろうと、もっとも臆病な人であろうと、その中心には恐れがあります。 全く変わりません。 全てのマインドは過去から現在、そして未来へと行きます。 全てのマインドは何かになろうとします。 全ての人のマインドは何かになろうとしています。 全てのマインドには比較、ジェラシー、羨み、怒り、欲望などがあります。 あらゆる人のマインドにはそれら全てがあります。 ですから、ワンマインドがあるだけです。 あなたと他の人のマインドに違いはありません。 あなたはこれは私の結核菌、あるいは彼女の結核菌、彼の結核菌などと言うことはできません。 それは単に結核菌なのです。 同じように、マインドは病気なのです。全ての人がマインドという同じ病気に罹っているのです。 古代の人も同じマインドを持っていました。 マインドという点では全く同じで、違いはありません。 ある音が聞こえてきます。 彼はそれを取って捨てようとはしないでしょう。 匂いなどどんな感覚もそれは来ては去っていきます。 彼はそれをただ体験します。 彼のものは何もありません。 彼はそれと同一化することはしません。 もし彼が「これらは私の考えだ」と言うなら、それはaham-akayam、つまり誤った同一化です。 何故でしょうか?なぜならそれはprajnaparadha、知性の誤りだからです。 さて、知性が目覚めると、彼は自分はそれ(*考え)ではないとわかります。 それはただそこにあるだけなのです。 さて、彼はどのようにして自分のマインドを見るのでしょうか?例えば、彼にはビジネスのマインドがあるとしましょう。 彼がビジネスを行っている時、彼のマインドは引き続きビジネスを行います。 しかし今彼は、彼がビジネスを行っているのではなく、マインドがビジネスを行っているのを見るでしょう。 彼自身のマインドがビジネスをやっているのを見るのです。 唯一の違いは、今や以前と比べて遙かに効率的にビジネスを行っていることです。 なぜなら、マインドと同一化してしまうとごちゃごちゃになって混乱します。 同一化しない時、マインドはとても素晴らしい機械となり、マインドはそれ自体で仕事をします。 自然にビジネスを行います。 ですから、彼は自分のマインドが機能しているのを見るのです。 話す時、彼は話し続けます。 自分の口が動き、声が出ているのを見ます。 それは全てマインドによってコントロールされています。 しかし、彼はマインドではありません。彼は自分がそこに介入することなく、スピーチが自動的に行われているのを見ることでしょう。 それは本当に驚嘆すべきことです。 すべては自動的に起きています。 身体が自動的に機能しています。実際、全ては自動的に行われています。 さて例えば、あなたはそれに疑いを抱くかもしれません。 「自分が手を動かそうと決めたのだ」と言うかもしれません。 しかし現代科学は非常に進歩しており、脳をリアルタイムで観察することができます。 すると、あなたが自分の手を動かす前に、脳はすでにあなたの手を動かそうと決断しているのです。 そして手を動かす前にあなたが手を動かすことを決めた、というイリュージョンを与えるのです。 実際、そこにはあなたの役割は何もありません。 なぜなら、あなたはそこにはいないからです。 真実は、あなたはそこにはいないのです。 自分がそこにいると考えるのはイリュージョンです。 考えている人はいません。 それはイリュージョンです。 考えているディーパックという人はいません。 考えがあるだけです。円を描くと、自然に円の中心が生じるのと同じです。 考えるという行為は、考える人というイリュージョンを作り出します。 そこには誰もいません。 ただ考えるという行為が続くだけです。 ですから全ては自動的です。 それが生きることの素晴らしさです。 ですから、それが5番目の教えとなります…全ては自動的である。 もう一度言いますが、あなたの考えはあなたの考えではありません、あなたのマインドはあなたのマインドではありません、あなたの身体はあなたの身体ではありません、あなたのセルフ(*自己)は概念にすぎません。 それはつまり、あなたは存在しないということです。 全ては自動的です。 目覚めた人、悟った人はこのように見ています。 全ては自動的です。 その人はただ目撃し、体験しているだけです。 それが全てです。同一化しません。 5番目の教え:例としてもう一度ディーパックを取り上げましょう。 彼は目覚めていません、悟っていません。 彼が広い通りに立っています。するとバスが通り、彼は「あのバスは赤い」と言います。 コメントしています。 次にミス・ワールドが通ります。 彼はミス・ワールドを見、ミス・ワールドは通り過ぎていきました。 ミス・ワールドが通り過ぎてから2時間経っても、ディーパックはまだミス・ワールドのことを考え、「彼女の後を追いかけて行こうか?」、「彼女の車を止めようか?」、「彼女がどこにいるのか探そうか?」などと心のなかで思います。 心のなかで彼女を追いかけています。 同じディーパックが目覚めたとしましょう。 同じ通りをミス・ワールドが通っていきます。 彼はミス・ワールドを見て一瞬ワクワクします。 そしてミス・ワールドは過ぎ去っていきます。 それだけです。目の前から消えたら忘れてしまいます。 次にロバが通ると、ロバにも同じくらいの注意を向けます。 ロバが過ぎ去ると、次に来たラクダにも同じくらいの注意を向けます。 次にやってきたヒョウにも同じくらいの注意を向けます。 彼は心の中でそれらを追いかけることはしません。 なぜなら、もはやそれらに名前をつけることをしないからです。 ミス・ワールドと呼んだり、ロバと呼んだりしません。 ミス・ワールドあるいはロバは同じです。 ロバの体験もミス・ワールドの体験と同じくらいに素敵な体験となります。 それだけです。 それが体験することの素晴らしさです。 同一化せず、特定のものを心のなかで追いかけることはしません。 ですから、すぐにわかることでしょう…あなたの考えはあなたの考えではない、あなたのマインドはあなたのマインドではない、あなたの身体はあなたの身体ではない、全ては自動的に生じている、全ては自動的である、ということが。 呼吸が自動的に行われているようにです。 体温も自動的。 消化器官の働きも自動的。 体液の循環も自動的。 考えも自動的。 話すことも自動的。 身体の動きも自動的。 同じことなのですが、ただあなたはイリュージョンを抱いているのです。
あなたのセルフ(*自己)とは概念です。 それが4番目の教えです。 つまり、そこにはあなたは全く存在しないということです。 次に、あなたは目覚めようという情熱を持つ必要があります。 目覚めたいという情熱がありますか?皆さんのなかで何人ぐらいの人が目覚めたいと願っていますか?大変結構です。 理解すべきことは、あなた方全員が牢獄のなかにいるということです。 それを非常に明確に理解する必要があります。 その牢獄は何と呼ばれていますか?あなた方はマインドという牢獄にいるのです。 なぜでしょうか?なぜなら、あなた方は何も体験できずにいるからです。 ちょうど牢獄にいる人のように。牢獄にいる人は外の世界を体験できるでしょうか?体験できません。 彼は外の新鮮な空気を吸うことができず、外の光を見ることもできません。 それがあなたの状態なのです。 例えば、あなたはコップ一杯の水を体験できません。 あなたは考えています。 水を飲み始める瞬間にあなたは「自分は喉が渇いている」、または「これはミネラルウォーターだ」、「これはコカコーラだ」などと言います。 何らかのコメントをするのです。 あるいはクリケットの実況放送、またはIPL試合で起きていること、あるいは職場でのことを考えるでしょう。 何かが生じています。コップ一杯の水を体験するのをマインドが邪魔するのです。 例えば、午前中の休憩時間にチャパティ、パンその他を食べているとしましょう。 でもあなたはその食べ物を楽しんでいません。 それを体験できずにいます。 マインドがそれを邪魔するからです。 あなたは妻の顔を見ますが、妻を体験できません。 あらゆるイメージが押し寄せて来ます。 考えがやってきます。ですから新鮮な心の状態で妻を体験できません。 考えが割り込んで来ているので、妻をフレッシュな気持ちで体験できません。 妻を体験することができず、すぐに退屈し、他の女性または他のものに目を向け始めます。 何をしても同様なことが生じます。 あなたはマインドを通じてしか自分の子供を体験できません。 自分の子供の素晴らしさを見ることができません。 全ては破壊されます。外の通りにでると美しい人々が歩いています。 人々は美しく、木々も車も目に入りますが、あなたは何も体験しません。 マインドが邪魔をして体験させてくれません。 ですから、あなたのマインドのおかげで、あなたは実際何も体験することができません。 かつて、あなたが体験できた時がありました…幼い子供だった時です。 でもそれはもはや失われてしまいました。 今やあなたはマインドという牢獄にいます。 そして前に述べたように、マインドとは過去以外の何ものでもありません。 マインドとは考えの流れです。考えは過去のもの、記憶であり、死んでいるものです。 そこには生命はなく、生き生きとした質はありません。 人生とは生きているものです。 それは臨在するもの。それは今現在です。思考はそれに触れることができません。 思考とは物差しであり、物事を計測します。 しかし臨在あるいは今現在という瞬間は計測不可能なものです。 思考はそれに近づくことはできません。 それゆえ、あなたの人生においてそれが失われているのです。 それが生きるということであり、それゆえにあなたは死んでいるのです。 私は今実際に、自分は生きていると思っている死人に向かって話しています。 生きてなんていません。 もし今夕あなたが目覚めたなら、生きるとは何であるかがわかるでしょう。 ですから、自分が牢獄にいて、何も体験できずにいることを理解すべきです。 あなた方が体験と呼ぶものは手直しされた体験であり、私が言う体験という行為とは何の関係もありません。ですから、あなた方は牢獄にいます。 あなたの人生とは何でしょうか?それは凡庸で無意味な目的のない人生、人工的な意味、人工的な目的を付与された人生です。 いつも同じ機械的な生活を送り、毎日が同じ事の繰り返しです。 朝起きて、メニューは僅かに変化するかもしれませんが朝食を食べ、職場または学校その他に 行きます。 友達とおしゃべりし、テレビを見て、携帯電話で話しをし、新聞を読みます。毎日が同じがらくたの繰り返しです。 そして口論が始まり、喧嘩または心配があります。 過去または未来に関する心配が生じ、ベッドに入って寝ようとしますが眠ることができません。悪夢にうなされ、朝になってベッドから起きあがります。 そして糖尿病、心臓病、関節炎などに罹ります。 あなたにこれらのことが生じ、そして最後にはゴキブリのように死んでいくのです。 同じ事が繰り返されます…最初はあなたが、次にはあなたの子供たちが、その次はあなたの孫たちが同じことを繰り返して生きていきます。 あなたはただそれらをコピーして生きていき、ある日最後の息を引き取るのです。 脳卒中か何かが起きて一巻の終わりです。 ですから人生はそれほど凡庸なものであり、あなたはいつも牢獄のなかで生きています。 このような人生とは何でしょうか?あなたはそんな人生に意味を見出すことができないので、次のような問いを発します。 神は存在するのか?神を創造したのは誰か?もし神がいないのなら、どのようにしてこの宇宙が現れたのか?人生の目的とは何か?人生の意味は何か?たくさんの根本的な疑問が生じ、たくさんの書物、たくさんの答えが生み出されます。
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